
ロンドンの人気観光地、ウエストミンスター寺院は、とても素敵な場所です。
私の大好きなウエストミンスター寺院をご紹介します♪
ウエストミンスター寺院について
ウエストミンスター寺院は英語では【Westminster Abbey】と書きます。
寺院、と訳されているので不思議に感じるかもしれませんが、れっきとしたキリスト教の教会です。
Abbeyは大修道院という意味なので、和訳するときに「寺院」と訳したのかもしれませんね。
同じ敷地内にある聖マーガレット教会と向かいにあるウェストミンスター宮殿を含めたウェストミンスター寺院区内が世界遺産となっています。
英国国教会=イングランド国教会の教会で、別名を聖ペテロ修道教会といいます。
王室行事(戴冠式など)が執り行われ、中に入ると戴冠式の時の椅子なども置かれています。
「あそこに女王様(王様)が……!」とちょっと盛り上がれます。私は滾った……!
教会内部には歴代の女王や王、政治家や詩人等々歴史上の偉人が埋葬されています。
が、墓地としてはもう満杯で新しく埋葬するスペースはないそうです。
床のタイルに、名前が刻まれていたりするよ!
教会の中に教会?
教会(=チャーチ)の中に入ると、小さな礼拝堂がたくさん作られています。
それぞれの礼拝堂(=チャペル)がそれぞれの王様たちの祈りの場となっていて、そこにお墓が作られています。
お墓は他の人は床板に名前を刻んでいるものに対し、女王、王とその配偶者は石櫃とデスマスクが置かれているものがほとんどです。
※イギリスではチャーチをイングランド国教会の教会、チャペルをその他の宗派の教会と呼び分けることもあります。
ウェストミンスター寺院の歴史
11世紀にイングランドの国王として戴冠したエドワード懺悔王(エドワード証聖王)が最初に建設しました。
このエドワード懺悔王は敬虔なカトリック信者で、王というよりも修道士のような人だったそうです。そのため強い国を作る王ではなかったのですが、その清廉な立場ゆえ、後世に徳の高い王者として聖人視され、王朝の守護者として尊崇されました。
1066年に死去。彼を尊敬するヘンリー三世(在位1216年~1272年)により、ウェストミンスター寺院は現在のゴシック建築に大改築されます。
ヘンリー三世はフランスの建築家を招いて、フランスのゴシック建築にならって改装をしました。
大まかなところは14世紀末までn完成しますが、墓所の増築、西側正面部分、塔などは20世紀に至るまで長期間その時代時代の様式で増改築されています。
このヘンリー三世以降イングランド王はエドワードが建てた聖堂=エドワード懺悔王の礼拝室で戴冠され、代々の戴冠者はエドワード懺悔王の法を守ることを誓うことになりました。
ヘンリー八世が英国国教会を樹立した時に、それまでカトリック教会だったこのウェストミンスター寺院は、英国国教会の教会となります。
その後メアリー一世の治世では国教がカトリックへと戻るためこの寺院もカトリックの修道院に戻り、エリザベス一世即位後再び英国国教会の教会へと戻ります。
エリザベス一世の戴冠式は、ラテン語ではなく英語で行われた初めての戴冠式でした。
オリバー・クロムウェルのお話
見つけてほしいお墓の名前に「オリバー・クロムウェル」(Oliver Cromwell)があります。
彼はピューリタン(清教徒)で、チャールズ一世を廃し護国卿として統治をしました。
彼の死後、遺体はウェストミンスター寺院に埋葬。
しかしクロムウェルの死後議会は再び王制を復古し、彼を反逆者とされてしまい、なんとこの墓を暴き遺体をタイバーン刑場で絞首刑ののち斬首。
その首はウェストミンスター・ホールの屋根に四半世紀も晒されたそうです。
すでに遺体になっていたということは、腐敗もしていただろうに、正直市民としては迷惑だったのではないでしょうかね……。衛生的にも……。
そんなわけで、ウェストミンスター寺院に行ったら、この名前だけ掘られた床を探し出してみてください。
ちなみに、ウェストミンスター宮殿の前の広場にはオリバー・クロムウェルの立像があります。
次回はウェストミンスター寺院の見どころのご紹介です!